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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)601号 判決

原告 西田美奈子 外2名

被告 原田哲之 外1名

主文

一  原告らの被告原田哲之に対する訴えを却下する。

二  原告らの被告板橋良樹に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

(一) 原告らと被告らとの間で、東京法務局所属公証人○○○○作成昭和57年第107号遺言公正証書に基づき、昭和57年2月26日亡板橋良造がした遺言が無効であることを確認する。

(二) 被告板橋良樹は、原告らに対し、別紙遺産目録(編略)一1(一)記載の土地につき、横浜地方法務局箱根出張所昭和59年12月25日受付第××××号をもってされた板橋春樹持分全部移転登記を、原告ら及び被告板橋良樹の持分の割合を各60分の2とする板橋春樹持分全部移転登記に、右土地につき、同法務局同出張所昭和59年12月25日受付第××××号をもってされた板橋良造持分全部移転登記を、原告ら及び被告板橋良樹の持分の割合を各60分の5とする板橋良造持分全部移転登記に、各更正登記手続をせよ。

(三) 被告板橋良樹は、原告らに対し、別紙遺産目録一1(二)記載の土地につき、静岡地方法務局熱海出張所昭和59年12月25日受付第×××××号をもってされた板橋春樹持分全部移転登記を、原告ら及び被告板橋良樹の持分の割合を各60分の2とする板橋春樹持分全部移転登記に、右土地につき、同法務局同出張所昭和59年12月25日受付第×××××号をもってされた板橋良造持分全部移転登記を、原告ら及び被告板橋良樹の持分の割合を各60分の5とする板橋良造持分全部移転登記に、各更正登記手続をせよ。

(四) 被告板橋良樹は、原告らに対し、別紙遺産目録二1(一)ないし(四)記載の各土地につき、静岡地方法務局昭和59年11月30日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記を、原告ら及び被告板橋良樹の持分の割合を各4分の1とする所有権移転登記に各更正登記手続をせよ。

(五) 被告板橋良樹は、原告らに対し、別紙遺産目録三1(一)及び(二)記載の各土地につき東京法務局北出張所昭和59年11月19日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記、同目録三1(三)記載の土地につき同法務局同出張所同日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記、同目録三1(四)記載の土地につき同法務局同出張所同日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記、同目録三1(五)記載の土地につき静岡地方法務局昭和59年11月30日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記、同目録三1(六)ないし(一三)記載の各土地につき横浜地方法務局箱根出張所昭和59年12月26日受付第××××号をもってされた所有権移転登記、同目録三1(一四)ないし(二四)記載の各土地につき静岡地方法務局熱海出張所昭和59年11月27日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記、同目録三2(一)記載の建物につき東京法務局北出張所昭和59年11月19日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記、同目録三2(二)記載の建物につき同法務局同出張所同日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記、同目録三2(三)記載の建物につき同法務局同出張所同日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記、同目録三2(四)記載の建物につき同法務局同出張所同日受付第×××××号をもってされた所有権移転登記を、いずれも原告ら及び被告板橋良樹の持分の割合を各4分の1とする所有権移転登記に、各更正登記手続をせよ。

(六) 被告板橋良樹は原告らに対し、別紙遺産目録四1(一)ないし(六)記載の各土地及び同目録四2記載の建物につき、真正な登記名義の回復を原因とする、原告らの持分各4分の1の割合による、各所有権一部移転登記手続をせよ。

(七)(1) 被告板橋良樹は、原告らに対しそれぞれ、別紙遺産目録一2記載の各株式、別紙遺産目録二2記載の各株式、別紙遺産目録三3記載の各株式、4記載の書画、書籍、その他の動産及び別紙遺産目録四3記載の各株式の各4分の1を引き渡し、かつ、昭和59年10月28日以降各引渡し済みに至るまで1年につき各金500万円の割合による金員を支払え。

(2) 右株式、書画、書籍、その他の動産引渡しの強制執行が不能となったときには、被告板橋良樹は、原告らに対しそれぞれ、各金1億円及びこれに対する昭和59年10月28日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

(一) 被告板橋良樹は、原告らに対し、別紙遺産目録一1(一)及び(二)記載の土地の被告板橋良樹の持分15分の7につき、昭和60年2月5日遺留分減殺を原因とし、原告らの持分の割合を各120分の7とする持分一部移転登記手続をせよ。

(二) 被告板橋良樹は、原告らに対し、別紙遺産目録二1(一)ないし(四)記載の各土地、別紙遺産目録三1(一)ないし(二四)記載の各土地、同目録三2(一)ないし(四)記載の各建物、別紙遺産目録四1(一)ないし(六)記載の各土地及び同目録四2記載の建物につき、昭和60年2月5日遺留分減殺を原因とし、原告らの持分の割合を各8分の1とする所有権一部移転登記手続をせよ。

(三)(1) 被告板橋良樹は、原告らに対しそれぞれ、別紙遺産目録一2記載の各株式、別紙遺産目録二2記載の各株式、別紙遺産目録三3及び4記載の各株式、書画、書籍、その他の動産並びに別紙遺産目録四3記載の各株式の各8分の1を引き渡し、かつ、昭和60年2月22日以降各引渡し済みに至るまで1年につき各金250万円の割合による金員を支払え。

(2) 右株式、書画、書籍、その他の動産引渡しの強制執行が不能となったときには、被告板橋良樹は、原告らに対しそれぞれ、各金5000万円及びこれに対する昭和60年2月22日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  1(七)及び2(三)につき仮執行宣言

二  被告原田哲之の本案前の答弁

1  原告らの被告原田哲之に対する訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  主位的遺言無効確認請求の請求原因

(一) 板橋良造(以下「訴外人」という。)は、昭和59年10月27日死亡した。訴外人の相続人は、原告ら及び被告板橋良樹(以下「被告良樹」という。)の4名であり、それ以外にはなかった。

(二) 訴外人は、昭和57年2月26日、東京法務局所属公証人○○○○作成同年第107号遺言公正証書に基づき、遺言をした(この遺言を以下「本件遺言」という。)。

(三) 訴外人は、本件遺言により、被告原田哲之(以下「被告原田」という。)及び谷智和を遺言執行者に指定した。

(四) 訴外人は、本件遺言をした当時、高齢(87歳)による老人性痴呆症の状態にあり、また、パーキンソン症候群などの病気等により心身共に極度に衰弱していたため、有効に遺言をなしうる精神能力を欠いていた。

(五) 被告らは、本件遺言が無効であることを争っている。

(六) よって、原告らは被告らに対して、本件遺言が無効であることを確認するよう求める。

2  主位的更正登記請求の請求原因

(一) 板橋紀子(以下「紀子」という。)は、昭和48年6月24日死亡した。紀子の相続人は、訴外人、原告ら、被告良樹及び板橋春樹(以下「春樹」という。)であり、それ以外にはいなかった。

(二) 春樹は、昭和59年2月8日死亡した。春樹の相続人は訴外人一人であり、それ以外にはいなかった。

(三) 請求原因1(一)の事実と同一である。

(四)(1) 紀子は、その死亡当時、別紙遺産目録一1(一)及び(二)記載の各土地を所有していた。

(2) 別紙遺産目録一1(一)記載の土地につき、昭和48年6月24日相続により、訴外人が15分の5の、原告ら、被告良樹及び春樹が各15分の2の共有持分権をそれぞれ取得した。

(3) 右土地につき春樹が取得した15分の2の共有持分権については、昭和59年2月8日相続により、訴外人がこれを取得した。

(4) 右土地につき訴外人が右(2)及び(3)のとおり取得した15分の5及び15分の2の各共有持分権については、昭和59年10月27日相続により、原告ら及び被告良樹が各4分の1の割合でこれをそれぞれ取得した。

(5) 右土地につき、横浜地方法務局箱根出張所昭和59年12月25日受付第××××号をもって、右(2)のとおりの相続を原因とし、訴外人、原告ら、被告良樹及び春樹を共有者(持分は前記のとおりである。)とする所有権移転登記が、同法務局同出張所同年同月同日受付第××××号をもって、昭和59年2月8日訴外人相続、昭和59年10月27日相続を原因とし、被告良樹の持分を15分の2とする春樹持分全部移転登記が、同法務局同出張所同年同月同日受付第××××号をもって、昭和59年10月27日相続を原因とし、被告良樹の持分を15分の5とする訴外人持分全部移転登記がそれぞれなされている。

(五)(1) 別紙遺産目録一1(二)記載の土地につき、昭和48年6月24日相続により、訴外人が15分の5の、原告ら、被告良樹及び春樹が各15分の2の共有持分権をそれぞれ取得した。

(2) 右土地につき春樹が取得した15分の2の共有持分権については、昭和59年2月8日相続により、訴外人がこれを取得した。

(3) 右土地につき訴外人が右(1)及び(2)のとおり取得した15分の5及び15分の2の各共有持分権については、昭和59年10月27日相続により、原告ら及び被告良樹が各4分の1の割合でこれをそれぞれ取得した。

(4) 右土地につき、静岡地方法務局熱海出張所昭和59年12月25日受付第×××××号をもって、右(1)のとおりの相続を原因とし、訴外人、原告ら、被告良樹及び春樹を共有者(持分は前記のとおりである。)とする所有権移転登記が、同法務局同出張所同年同月同日受付第×××××号をもって、昭和59年2月8日訴外人相続、昭和59年10月27日相続を原因とし、被告良樹の持分を15分の2とする春樹持分全部移転登記が、同法務局同出張所同年同月同日受付第×××××号をもって、昭和59年10月27日相続を原因とし、被告良樹の持分を15分の5とする訴外人持分全部移転登記がそれぞれなされている。

(六)(1) 春樹は、その死亡当時、別紙遺産目録二1(一)ないし(四)記載の各土地を所有していた。

(2) 右各土地につき、昭和59年2月8日相続により、訴外人が所有権を取得した。

(3) 右各土地につき、昭和59年10月27日相続により、原告ら及び被告良樹が各4分の1の共有持分権をそれぞれ取得した。

(4) 右各土地につき、静岡地方法務局昭和59年11月30日受付第×××××号をもって、昭和59年2月8日訴外人相続、昭和59年10月27日相続を原因とし、被告良樹を所有者とする所有権移転登記がなされている。

(七)(1) 訴外人は、その死亡当時、別紙遺産目録三1(一)ないし(二四)記載の各土地及び同目録三2(一)ないし(四)記載の各建物を所有していた。

(2) 右各土地及び各建物につき、昭和59年10月27日相続により、原告ら及び被告良樹が各4分の1の共有持分権をそれぞれ取得した。

(3) 別紙遺産目録三1(一)及び(二)記載の各土地につき、東京法務局北出張所昭和59年11月19日受付第×××××号をもって、同目録三1(三)記載の土地につき、同法務局同出張所同日受付第×××××号をもって、同目録三1(四)記載の土地につき、同法務局同出張所同日受付第×××××号をもって、同目録三1(五)記載の土地につき、静岡地方法務局昭和59年11月30日受付第×××××号をもって、同目録三1(六)ないし(一三)記載の各土地につき、横浜地方法務局箱根出張所昭和59年12月26日受付第××××号をもって、同目録三1(一四)ないし(二四)記載の各土地につき、静岡地方法務局熱海出張所昭和59年11月27日受付第×××××号をもって、同目録三2(一)記載の建物につき、東京法務局北出張所昭和59年11月19日受付第×××××号をもって、同目録三2(二)記載の建物につき、同法務局同出張所同日受付第×××××号をもって、同目録三2(三)記載の建物につき、同法務局同出張所同日受付第×××××号をもって、同目録三2(四)記載の建物につき、同法務局同出張所同日受付第×××××号をもって、いずれも昭和59年10月27日相続を原因とし、被告良樹を所有者とする所有権移転登記がなされている。

(八) よって、原告らは被告良樹に対して、請求の趣旨1(二)ないし(五)のとおりの更正登記手続をするよう求める。

3  主位的移転登記請求の請求原因

(一) 請求原因1(一)の事実と同一である。

(二) 訴外人は、別紙遺産目録四1(一)ないし(六)記載の各土地をその所有者から買い受けた。

(三) 訴外人は、同目録四2記載の建物を建築した。

すなわち、右建物は、訴外人が自己の費用で建築していたが、訴外人が完成前に死亡したため、被告良樹が、訴外人の遺産の中から工事代金を支払って完成させたものであるから、良造の所有である。

(四) 右各土地及び建物につき、昭和59年10月27日相続により、原告ら及び被告良樹が各4分の1の共有持分権をそれぞれ取得した。

(五) 右各土地については、いずれも被告良樹を所有者とする所有権移転登記がなされ、また、右建物については、被告良樹を所有者とする所有権保存登記がなされている。

(六) よって、原告らは被告良樹に対し、請求の趣旨1(六)のとおりの所有権一部移転登記手続をするよう求める。

4  主位的株式等引渡請求の請求原因

(一) 請求原因1(一)の事実と同一である。

(二) 訴外人は、別紙遺産目録一2記載の各株式、同目録二2記載の各株式、同目録三3記載の各株式、4記載の各動産及び同目録四3記載の各株式(右各株式及び各動産を総称して以下「本件株式等」という。)を、いずれも買い受けた。

(三) 原告ら及び被告良樹は、本件株式等につき、昭和59年10月27日相続により、各4分の1の割合による(準)共有持分権をそれぞれ取得した。

(四) 被告良樹は、本件株式等を占有している。

(五) 本件株式等の時価合計額は、金4億円を下らない。

(六) よって、原告らは被告良樹に対して、本件株式等につき各4分の1の引渡しと右に相当する価額である金1億円に対する訴外人の相続開始日の翌日から引渡済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、右本件株式等の引渡しが不能の場合には、本件株式等の4分の1の価額に相当する各金1億円及びこれに対する訴外人の相続開始日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5  予備的請求の請求原因

(一)(1) 請求原因1(一)ないし(三)の事実と同一である。

(2) 同2(一)及び(二)の事実と同一である。

(二)(1) 同2(四)(1)ないし(3)及び(5)の事実と同一である。

(2) 同2(五)(1)、(2)及び(4)の事実と同一である。

(三) 請求原因2(六)(1)、(2)及び(4)の事実と同一である。

(四)(1) 請求原因2(七)(1)及び(3)の事実と同一である。

(2) 同3(二)、(三)及び(五)の事実と同一である。

(3) 同4(二)、(四)及び(五)の事実と同一である。

(五) 訴外人は、本件遺言によって、被告良樹にその全財産を包括遺贈した。

(六) 原告らは、被告良樹に対し、昭和60年2月5日付け内容証明郵便をもって遺留分減殺の意思表示をし、右書面は、遅くとも同月21日に被告良樹に到達した。

(七) なお、遺留分減殺請求権が行使されると、受遺者と減殺者との間には、物権法上の共有関係が生じ、減殺者は、個々の財産の上に、共有持分権ないし準共有持分権を取得すると解すべきである。

(八) よって、原告らは被告良樹に対して、請求の趣旨2(一)及び(二)記載のとおりの移転登記手続をすること並びに本件株式等につき各8分の1の引渡しと右に相当する価額である金5000万円に対する遺留分減殺の意思表示の日の翌日から引渡済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、右本件株式等の引渡しが不能の場合には、本件株式等の8分の1の価額に相当する各金5000万円及びこれに対する遺留分減殺の意思表示の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告原田哲之の本案前の主張

被告原田は、遺言執行者として単に本件遺言の執行の任に当たる者に過ぎず、しかも、昭和59年中に本件遺言の執行を完了してその任務を終えているから、原告らは、被告原田に対し、本件遺言の無効確認を求める法律上の利益はなく、原告らの被告原田に対する訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものであり、却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する原告らの答弁

原告らは、本訴において、本件遺言が無効である旨主張し、遺産について法定相続分に従った権利を取得した旨を主張しているものであり、また、被告原田らの遺言執行について、従前から異議を唱えてきたものであるから、このような場合には、遺言執行者も被告適格を有するものというべきである。

また、被告原田らは、その就任以来、その遺言執行者としての職務である正確な財産目録の調製をせず、原告らに交付していないこと、遺産である有価証券、動産その他の財産については、未だ自ら管理していることからすれば、被告原田は、遺言執行者としての任務を完了していないものというべきである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(三)の事実は認める。

2  同1(四)の事実は否認する。本件遺言をした当時の訴外人の精神状態は極めて健全であった。

3  同1(五)の事実は認める。

4  同2(一)ないし(三)、(四)の(1)ないし(3)及び(5)、(五)及び(六)の各(1)、(2)及び(4)並びに(七)の(1)及び(3)の事実は認める。

5  同2(四)の(4)、(五)及び(六)の各(3)並びに(七)の(2)は争う。

6  同3(一)の事実は認める。

7  同3(二)の事実は否認する。別紙遺産目録四1(一)ないし(六)記載の各土地を買い受けたのは被告良樹である。

8  同3(三)の事実は否認する。

9  同3(四)の事実は争う。

10  同3(五)の事実は認める。

11  同4(一)の事実は認める。

12  同4(二)は争う。

良造の遺産としての株式は次のとおりである。

(1) ○○○○○○株式会社の株式 3万0400株

(2) ○○○○○株式会社の株式    2800株

(3) 株式会社○○○○○の株式    1500株

(4) 株式会社○○の株式       1312株

(5) ○○○○株式会社の株式     1040株

(6) 株式会社○○の株式        774株

なお、原告らは、遺産である株式会社○○(株式会社○○○○)の株式は628株であると主張するが、遺産である同社の株式は、774株である。

13  同4(三)ないし(五)は争う。

14  同5(一)ないし(四)についての認否は、同1(一)ないし(三)、2(一)、(二)、(四)ないし(七)、3(二)、(三)及び(五)並びに同4(二)、(四)及び(五)に対する認否と同一である。

15  同5(五)及び(六)の事実は認める。

16  同5(七)は争う。本件のように、相続人の一人に包括遺贈がなされ、他の相続人から遺留分減殺請求がなされた場合には、包括受遺者と減殺者との間に遺産共有の関係が生じるにとどまり、個々の遺産について移転登記手続及び引渡しを請求することは許されない。

五  抗弁(被告良樹)

1  主位的更正登記請求、移転登記請求及び株式等引渡請求に対して訴外人は、本件遺言によって、その全財産を被告良樹に包括遺贈した。

2  予備的請求に対して

(一) 原告らは、昭和52年ころから昭和57年8月ころまでの間、紀子名義の株券その他の有価証券、訴外人名義の株券その他の有価証券、金塊数十個、書画骨董類などを持ち出し、遺留分相当額以上の財産を既に取得しており、本件遺言による被告良樹への遺贈は、原告らの遺留分を侵害していない。

(二) 被告良樹は、訴外人の遺産のうち、株式会社○○の株式774株について、原告らの遺留分8分の1につき価額弁償をすることとし、原告中本京子及び同板橋浩樹については、平成2年8月29日、同人らを被供託者とし、1株3万4303円の割合による価額金331万8815円から右株数に対応する相続税額金124万6962円を控除した価額各金207万1853円を東京法務局に弁済供託し、原告西田美奈子については、同月31日、同人を被供託者とし、右同額を、同法務局武蔵野出張所に弁済供託した。

仮に、右株式数又はその価額が不相当であれば、裁判所の定めるところによる右会社の株式数及びその価額による弁償金を支払うことにより、その返還の義務を免れることを求める。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は否認する。

3  同2(二)の価額弁償の主張は、故意又は重大な過失に因り、時機に遅れて提出された防御方法であり、本件訴訟を遅延させるものであるから、民事訴訟法139条により却下されるべきである。

また、原告らは、訴外人の全遺産について遺留分減殺請求をなしており、そのうちの一部である株式会社○○の株式についてのみの価額弁償は許されない。特に、本件においては、訴外人の遺産である株式会社○○○○(株式会社○○)の株式数について原告らと被告良樹間で争いがあり、別訴で係争中で確定していないという事情があり、被告良樹の価額弁償は許されないというべきである。

さらに、被告良樹の価額弁償の主張は信義則に反し、権利の濫用である。すなわち、被告良樹の価額弁償の主張を認めるとすれば、被告良樹は、株式会社○○○○(株式会社○○)の発行済株式数の3分の2以上を取得することになり、昭和57年6月15日になされた右会社の営業全部と商号を被告良樹の支配する○○○株式会社に譲渡する旨の株主総会決議を追認することにより、株式会社○○○○の実質上の全財産を独占することができるのに対し、訴外人から、右○○○○の株式の生前贈与を受けた原告ら及びその子供らは、その所有する右株式がほとんど無価値になってしまうことになり、著しく不公平かつ不当な結果を生じることになる。右によれば、被告良樹の価額弁償の主張は、権利の濫用に当たり、許されない。

仮に、価額弁償が許されるとしても、被告良樹主張の価額は争う。株式会社○○○○の株式は1株51万円と評価するのが相当であり、また、相続税を控除するのは不当である。

被告良樹が、原告らに対し、内容証明郵便で、株式会社○○○○の株式各97株について、価額弁償の申入れをなした事実は認めるが、遺留分減殺請求を受けた受遺者が、遺贈の目的物の返還を免れるためには、価額弁償する旨の意思表示をするだけでは足りず、価額の弁償を現実に履行するか、履行の提供をしなければならない。

七  再抗弁(抗弁1に対して)

請求原因1(四)の事実と同一である。

八  再抗弁に対する認否

請求原因1(四)に対する認否と同じ。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  主位的遺言無効確認請求について

1  請求原因1(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがないので、同1(四)につき検討する。

原本の存在及び成立に争いのない甲第6ないし第8号証、成立に争いのない甲第18号証の1、2、原告西田美奈子、被告良樹(後記採用しない部分を除く)各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  訴外人は、明治27年8月5日生まれで、本件遺言をした昭和57年2月26日当時、87歳であった。

(二)  訴外人が、昭和57年1月19日、同年2月1日、同月4日の計3度、自宅浴室で倒れたため、当時同居していた被告良樹は、同年2月25日、○○○大学医学部付属○○○医院に訴外人を同道して、右の意識消失発作と歩行障害を主訴として受診させた。

○○○医院では、最初、脳神経外科の○○医師が診察し、頭部の断層撮影をした(その後判明した結果では、両側大脳、小脳の中程度の萎縮が認められた。)が、その際、訴外人は、大東亜戦争や関東大震災があった年、93ひく7などの質問に答えることができなかったものの、出生地、当該病院名、当日の日付、当時の内閣総理大臣名や100ひく7などの質問には正しく答えることができ、この時点では、軽度の歩行障害があるほかは、格別の問題は見られなかった。

○○医師は、更に脳神経内科に訴外人の診察を依頼し、それを受けた同科の△△医師は、同年3月2日、訴外人を診察した。△△医師の診察の際は、訴外人は、93ひく7の質問には正しく答えることができなかったが、当日の日付、関東大震災のあった年などの質問には正しく答えることができ、また、4桁の数字の逆唱も可能であった。△△医師は、診察の結果及び訴外人が、近くの教会に行くときに、一度方向を間違えたこと、時間的なことを間違えることがあることなどの家人による説明によって、訴外人については、計算力は良く保たれているが、時間的なこと、状況判断については多少欠陥があるようにみられると判断し、これらは、老齢によるものではないかとの見解を持った。同医師は、訴外人に対し、同月11日に知能検査(WAIS)を実施したが、その結果は、言語テストによる知能指数(IQ)は118、動作テストによる知能指数は60であり、前者については問題がなく、特に、一般的知識や抽象的思考能力などは年齢を感じさせないほどよくできているとの評価がされ、後者についても、成績は悪いが、訴外人の年齢を考慮すると普通であるとの評価がされた。

その後、同月16日、被告良樹ら訴外人の家人が、△△医師に対し、同月12日ころから、訴外人の状態が悪くなり、毎日のように古書店に行き、家人の制止を聞かずに大量の書籍を購入すること、夜、眠らないこと、尿失禁があることなどを訴え、同月19日の診察の際にも同様の訴えがあり、しかも当日は訴外人の眠気が強く話がよくできない状態にあったことから、同医師は、同日、精神神経科に訴外人の診察を依頼し、それを受けた同科の○△医師は、同月20日、良造を診察した。その際、被告良樹ら家人から同医師に対して、同月12日から訴外人の状態が極端に変わり、右記載のような状態のほか、歩行が困難になったこと、物忘れがひどくなったことなどの説明がなされた。また、良造は、簡単な計算だけでなく、現在の年月日、場所や自分の年齢も答えることができない状態であった。同医師は、同日の診察により、訴外人について、痴呆の疑いがあるとの診断をした。

その後、訴外人は同病院で通院治療を受けたが、その状態は改善されなかった。

(三)  訴外人については、その後、東京家庭裁判所に対し、準禁治産宣告の申立てがなされ、昭和58年12月、同裁判所から前記の△△医師に対して訴外人の精神状態等についての鑑定が命じられ、同医師が右(二)記載の診察の際のカルテ等を資料としたほか、昭和59年3月及び8月に直接訴外人を診察した結果、訴外人については、昭和57年3月当時から、軽度ながら老人性ないし脳動脈硬化性(広範な脳動脈硬化性の器質障害によるもの)の痴呆が発現し始め、それが進行して、鑑定時には、高度の痴呆状態にあり、回復の見込みは極めて少ないとの結論を出した。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。被告良樹本人尋問の結果中には、訴外人は、死亡直前まで意識障害はなく、昭和57年当時には痴呆状態は発現していなかったとの部分があるが、前掲各証拠に照らし採用することはできない。

以上の事実を前提にして、訴外人が、本件遺言をした昭和57年2月26日当時、遺言を有効になしうる意思能力を有していたか否かにつき検討するに、前記認定の事実によれば、訴外人は、昭和57年2月25日当時、既に、脳の器質的変化が見られ、老人性ないし脳動脈硬化性の痴呆の徴候は発現していたとみられるものの、その程度は軽く、計算能力の低下や軽度の歩行障害が見られたに過ぎず、日常生活にも特段の支障はみられなかったものであり、その後、同年3月11日になされた知能検査の結果をも併せ考えると、訴外人は、本件遺言をした当時、遺言を有効になしうる意思能力を有していたものと認めることができ、複雑な項目を伴わない本件遺言の内容を充分認識、理解した上で本件遺言をしたものと認めることができる。

また、前記認定のとおり、本件遺言をした当時、訴外人には、軽度の歩行障害が見られたが、その他の疾病を認めることはできず、その他、有効に遺言をなしうる能力を欠くほどの心身の衰弱があったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件遺言の無効確認を求める原告らの請求は理由がない。

2  ところで、被告原田は、被告原田に対する主位的遺言無効確認請求につき審判を求める訴えは、訴えの利益を欠き、不適法である旨主張するので、この点につき検討する。

成立に争いのない甲第12号証の1、2、第13号証の1ないし4、第15号証の1ないし28、乙第1、第2号証、第3号証の1ないし5、第4号証の1ないし4、官公署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第4号証の5及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告原田は、訴外人死亡後、訴外人の遺言執行者に就職し、昭和59年12月ころ、訴外人の相続人に対し、その旨の通知書を送付し、また、訴外人の遺産である不動産について、同年中に、本件遺言に基き、受遺者である被告良樹への登記手続をすませたこと、昭和60年6月28日及び同年10月31日には、訴外人の遺産の内容について報告書を作成し、これを訴外人の相続人である原告ら及び被告良樹に送付したこと、訴外人の不動産以外の遺産についても、本件遺言に基づいて受遺者である被告良樹への占有の移転をすませたことなどの各事実が認められ、右事実によれば、被告原田については、遺言執行者としての職務は終了しているものと認められ、原告らの被告原田に対する本件遺言の無効確認を求める本件訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものと解するのが相当である。

二  主位的更正登記請求、移転登記請求及び株券等引渡請求について

仮に、右各請求の請求原因事実が存在するとしても、抗弁1の事実は当事者間に争いがなく、また、再抗弁事実(請求原因1(四)の事実と同一)を認めることができないことは前記一1において判示したとおりであるので、結局、右各請求は理由がないことに帰する。

三  予備的請求について

訴外人が本件遺言によって被告良樹にその全財産を包括遺贈したことは、当事者間に争いがない。

包括遺贈があった場合、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するものとされている(民法990条)から、包括遺贈が共同相続人の1人に対してなされた場合には、遺言によって、その者に包括遺贈の割合に応じた相続分の指定がなされたものと同視することができると解される。

ところで、遺言により相続分の指定がなされた場合において、これによって共同相続人中に遺留分を侵害される者があり、当該相続人が、右相続分の指定につき遺留分減殺の意思表示をしたときは、右相続人は、自己の遺留分を充たす限度までその相続分を回復し、これに伴い、減殺請求をされた他の相続人の相続分も修正され、この結果、各共同相続人は、右遺留分減殺請求によって修正された割合による相続分を有することになるのであるが、右の修正された相続分は、あくまでも全遺産の上に有する抽象的な相続分にとどまり、減殺請求をした相続人あるいは他の共同相続人が、直ちに、遺産を構成する個々の財産について、修正された自己の相続分の割合による具体的な共有持分権ないし準共有持分権を取得するものではなく、このような場合に遺産を構成する個々の財産の具体的な帰属を確定するためには、右の修正された相続分に従って、法律の定める遺産分割の手続を経ることが必要であると解される。

そうしてみると、仮に、請求原因5(一)ないし(四)及び(六)の事実が存在するとしても、遺産分割手続がとられて個々の財産の具体的な帰属が確定したことについて何ら主張立証がない本件においては、原告らが、遺留分減殺請求によって、訴外人の遺産を構成する個々の財産について具体的な共有持分権ないし準共有持分権を取得したということはできない。したがって、原告らの予備的請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないことに帰する。

四  結論

以上の次第で、原告らの被告原田に対する訴えは不適法であるから却下し、原告らの被告良樹に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法89条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安倍嘉人 裁判官 谷口幸博 金村敏彦)

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